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パンチパーマだった頃。

by gogomon

学生時代、長い冬休みに入ると必ずバンコクに行き、そこから安いチケットを買ってどこかへ向かった。当時はまだインターネット黎明期で、飛行機のチケットを買うには旅行代理店に行かなくてはならなかった。バックパッカー用にBKK to AMS17000B Oneway(バンコクからアムステルダム片道17000バーツ)なんて風に安いチケットが軒先に張り出されいた。僕はそんな店で安くておもしろそうな場所を探した。まるで主体性のない成り行きの旅行だった。

たしか、カルカッタ行きのチケットを手に入れた後、目についた床屋に入った。
親父は僕の目を見て微笑み、顎で茶色いビニールシートの理容椅子に促した。
親父はなにか言う。
タイ語は料理屋で使う言葉しかわからない。
しかし、カオマンガイ屋台ではカオマンガイを頼み、マンゴー屋ではマンゴーを買う。
床屋では髪を切るのだ。

僕は適当な写真を指さす。「君はあんな風になりたいんだな」というような感じで親父も頷く。言葉はいらない。

心地よいハサミの音が耳元で聞こえ、僕は少しうとうとする。親父が何かささやく。洗髪か、ひげ剃りだろう。

目を開けると、焼きごてが出ていた。なにに使うんだろう。鏡の中の僕の髪がくるくると丸められる。クル、クル。手際が良い。おっさんはなにやってるんだろう。それを幽体離脱のような感覚で見ていた。しばらくすると、目の前に見たこともない僕がいた。僕はパンチパーマ姿になっていた。親父の仕事は完璧だった。ただ、コミュニケーションは不完全だっただけだ。
東京でこんなディスコミュニケーションがあったら、大喧嘩だが、知り合いもいない旅先の地で、僕がパンチパーマであろうとなかろうと、なんの問題があるというのだろう。

僕はパンチパーマでインドに向かった。インドでは友だちはできなかった。


gogomon
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