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ロックフェスとお坊さん。

by gogomon

ロックフェスという仕組みは60年代から飽きられもせずに毎年、どこかで繰り返されている。
これはなかなか見事なもので、登場するミュージシャン全員を好きではなくとも、おおまかにファン層や温度感が合えばプログラムは成立する。
ジャニス・ジョップリンが好きだったら多くの人はグレイトフル・デッドやジミ・ヘンドリックスが好きなのである。

で、なんでこんなことを書いたかというと、母親の兄が亡くなり、あまりに坊さんがしょうもなかったのだ。いわゆる「葬式坊主」で、なんのありがたみもなかった。
しかも、お布施の袋に30万円と書いていてあった。……つまり、この金額を入れろと。
もちろん、こちらの付き合いなども最近はあまりよくはなかったのだけれど、葬儀のどさくさにこれはひどいと思った。
それで母もブチキレて、「私の葬儀の際のお坊さんはどうするか」という話になった。もう、あの坊さんはご指名はなしってことで。

母は葬式など不要、骨などは砕いて海や庭に撒けばよろしい。なんなら犬に食わせよという。
さすがに、犬に食わせはしないが(髄液など無いため、犬もうまくないだろう)、庭にまくのは木にとってもいいかもしれない。

ただ、父親は小さいながらも会社をやっている。息子世代の襲名披露として、やはり葬儀というのは必要なのだ。まったく、罰当りな宗教観である。
うちはある禅宗だが、両親は開祖どころかその宗教観を知らない。
葬式の時に一時間ほど手を合わすのみだ。
しかし、朝、太陽に対して父は拝むし、無駄な殺生はしない。
植物にもいたわりの心を持つ。
道路で犬が死んでいると道路の脇に寄せる(埋めてしまいたいが、飼い主が死をしれないから)。
神社仏閣の前では頭を垂れる。
本来の意味においては、信仰心の深い家族なのだ。

ただ、パッケージされた宗教観には最近の葬儀から違和感をおぼえている。
現代人にとって、宗教というのは選択の余地があまりない。

そこで思ったのがロックフェスの仕組みだ。
フジロックよろしく、3日間苗場の会場にキリスト教、ヒンズー教、イスラム教、仏教などの教祖や聖職者を集めグリーンステージやホワイトステージで一時間位のライブ説法をする。
トリはダライ・ラマ、ローマ法王みたいなスター坊主を呼べば、結構な人が集まるだろう。
レッドマーキュリーでは新興宗教。木道亭では寂聴さんや阿闍梨さん。
きっと、池田大作や細木数子も枠を買って登場するだろう。

大川隆法が坂本龍馬や卑弥呼を呼んで嘘八百を並べ立て、どさくさにまぎれて統一教会は結婚相談所を設ける。グッズ売り場はすごそう。
ご利益を謳う印鑑や壺や安っぽい数珠が並び、限定10名のダライ・ラマによる特別法要やスター坊主の御朱印には長蛇の列。

セキュリティは大変だ。
スンニ派の後にシーア派をぶつけてしまったりしたらえらいことになるし、創価学会と日蓮宗はいがみ合う。
イスラエルとパレスチナの場外乱闘も起こるかもしれない。
しかし、参加者全員信仰を探求するする者同士だから、「まあまあ」と収まるだろう。
ゴミを捨てる輩もいるはずがない。

というフェスがあるけど、かあさん行きますか?
と尋ねても、首を横に振るな。


gogomon
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